本当はゆるみたい。

今日、妹に入浴剤をもらった。エステの仕事をしている友達から「ストレス解消なら、お風呂に入れ」とアドバイスされたらしい。

 

性虐待を受けた子のグループ療法でも、虐待をした親のグループでも、治療プログラムにリラクセーションの時間をしっかり組み込んでいるのを、最近よく耳にする。私たちは『心理』の専門家で『心のケア』とよく言うけれど、決して目に見えないことだけを扱っているわけではない。肩の力が抜けて、眉間の皺が取れて、深く息をして、ゆったり安心して過ごせるということは、治療の大切な目標のひとつ。

 

でも、明日どうなるかわからなかったら、安心できない。数年後どうなるかわからなかったら、安心できない。生きててもいいことない、どうせ未来はろくなもんじゃないとしか思えなかったら、安心できないどころか、ぶっ壊したくなるだろう。大人、世の中、自分の人生、ありとあらゆる全てのものを。

 

私が会う子どもたちの中には、キレる子どもがとても多い。彼らには「怒ってもいいんだよ」と伝える。「怒る、ムカつく、腹が立つ・・・どれも大切な気持ち。なんで?どうして?変だ!おかしい!納得いかない!こんなのイヤだ!ってことが、あなたに起きてるかもしれない。それをあなたやまわりの人に教えてくれる、大切な気持ちだよ」と。

 

そうやって、怒りの感情を自覚して初めて、それをなだめたり、解決後を思い描いたりできる。でも、そのためには、本当に心から落ち着けて安心できる人と環境と、少なからず時間が要る。

 

子どもが暴れるのは『こんな人生引き受けられない!』という叫びである*。この言葉に出会った時、子どもたちを思い浮かべ、私はとても腑に落ちた。簡単に治るとか回復すると見込むのは、彼らが今まで生きてきた苛酷な人生に対して失礼な気がすることもある。

 

それでも、そんな悲観的な予測を遥かに上まわる成長や変化を遂げる子どもがたくさんいる。そのためには、「あなたに起きたことはあなたのせいではなかった。あなたは何も悪くない。責任はあなた以外にある」というメッセージが、有形無形に、毎日の生活の中で伝えられ、子どもが骨身に沁みて、それを信じられるようになる必要がある。そして、本来の責任者(多くは親)がそれを伝え、謝ることができると、子どものその後は格段に違ってくる。

 

 子どもたちには到底及ばないけれど、最近私はとても怒りっぽい。矛先を誤って自分や家族に向けてしまわぬよう、本来の相手に向けたいと思う。だから、本来の責任者である人達は、「知らない」「しかたない」「自分にはどうにもできない」と逃げずに、きちんと向き合って考えて欲しい。

 

S

 

* 芹沢俊介 1998 『子どもたちはなぜ暴力に走るのか』