施設での仕事の中で思うこと

私は、児童養護施設で働いております。

養護施設と聞いて、皆さんがイメージすることって何でしょうか。

ざっぱくに言ってしまえば様々な背景の子どもたちが暮らしている場所です。

共通しているのは、親や保護者など特定の大人の庇護のもとでは

暮らしてはいないということ。施設職員は日々支援に尽力していますが。

 

一番守ってほしい存在の近親者から傷つけられて

やってくる子も少なくはありません。

 

 "子どもはたくましい"と心底思うのですが、それでも、

傷ついた心をもてあまし、わる人間に、

言葉や行動でぶつけてくることがあります。全力で。

そして、それは関わる人間を反射板にして投げた子どもに戻っていきます。

 

私は、関わる人間の一人ということになりますが、受けたもの

ただそのまま返っていくのではなく、私という一人の人間のフィルターを

通って行きます。

時にこちらが折れてしまいそうなくらいの強い投球であることも。

“ああそうか。自分も子どもの頃大人がどう返してくるか

確認していたかもなぁ”と思いながら、

それとは比較にならないエネルギー量を感じて、

子どもにとっては“大人”にカテゴライズされる自分は

どう映っているのだろうかと、ふと考えることもあります。

 

“受け入れられる”“守られる”という事がどれだけ子どもに

必要なことなのかは、私が日常接する彼ら・彼女らに限らず、

私たち自身の人生を振り返れば痛感することなのではないでしょうか。

 

三つ子の魂百まで、という言葉がありますが、大人よりも行動範囲も

出会う人も限りのある子ども(異なる場合もあるでしょうが)にとっては、

その時生きている世界が全て、という感覚を持ちやすいのではと思います。

 

虐待の報道もまれではない昨今、

社会全体で子どもたちを守る力が必要です。

 

個人的に、子どもには出会っていく人や経験を通して、

いろんな方向へと根を伸ばし、葉を広げ、実をつけていってほしいと

切に願う日々です。

大人は、その為の水や肥料の役割を求められているのでしょうね。

そんな大人にも勿論水や肥料は必要ではありますが。

 

-H-