福祉分科会・活動報告

<結成にいたるまでの経緯>

福祉分科会のユニオン結成にいたるまでの経緯をご説明する前に、

現メンバーの多くが働いている児童養護施設の現状を

説明したいと思います。

児童養護施設というのは、親のいない子ども、親がいても経済的、精神的、

健康的な理由などにより親の養育が得られない子どもたちが

暮らしている施設です。そこで、子ども達は戦後から変わらないような

生活水準で生活しており、国が定めた最低基準が最高基準というような

状態にあります。自治体の行政政策は、児童福祉分野の知識と

経験のない人たちの手によって(どの領域の仕事も、えてしてそうかも

しれませんが)、人件費削減、効率優先、危機回避が、今日では

最重要課題になっているように感じられます。

児童養護施設で暮らす子ども達は、親からだけでなく、

行政からもネグレクトされていると言っても過言でない状況です。

 

さて、本題のユニオン結成ですが、ことのはじまりは、

平成19年の12月頃だったと思います。結成メンバーの多くが

働いている東京都社会福祉事業団において「来年度から、

児童養護施設心理職についても、3年契約の職員制度ができたから、

応募しますか?」という話を園長からされました。平成18年度に

児童養護施設の心理職を常勤化できる予算配置がされていたので、

ようやく待遇が改善されたのかと喜んで内容を確認したら、その逆でした。

まさに目を疑うような「不利益変更」で、週5日勤務とは思えないような

賃金でした。僕の場合、それまでかけもちしていた他の仕事を

こなせなくなるため、年収が半分になってしまうような額・・・。

幸い、このときは、強制されることもなく、事なきを得ましたが、

このような制度がつくられたことに対して、心理の仕事ってこの程度の

評価なのだとやりきれない思いが残りました。

そして、平成20年10月の初めに、同じ条件を突きつけられ、

「承諾しなければ雇用を継続せず、公募することになるかもしれない」、

そのうえ「10月中に決めなさい、条件を飲まなければ解雇する」という

解雇予告のようなことを言われました。現在、雇用されている心理職に

対して、ひどいことをしているという意識もないようでしたが、

心理療法を受けている子ども達に、心理療法担当者が変わることが

どれほどの影響を及ぼすかなどは、全く無視されているように感じました。

 

どうしてこのような雇用形態にしなければならないのか、

こちらが説明を求めるまでは何も話がなく、ようやくコンタクトをとって

話ができても、管理者側は誰も十分な説明をすることができませんでした。

管理職を代表しているという人の言い分としては、

「虐待を受けた子どもの入所が増えているから、その対応をするため」

という話でしたが、全国児童養護施設協議会が要望している、

心理職の複数配置という方針から逆行する体制を示されて、

何が虐待を受けた子どものためと言えるのでしょうか。

 

ここで、僕自身のスタンスをきちんと明示したいと思うのですが、

児童養護施設の心理職をフルタイムで働くのがイヤ!ということでは

ないのです。むしろ、フルタイムで働きたいと思っています。

それは何よりもまず、心理療法を受ける子ども達にとって、

有意義なことです。とはいえ、私たち臨床心理士も生活者です。

きちんとした待遇で、長く働き続けられるものでなければ、

承諾するわけにはいきません。
 

では、きちんとした待遇ってどの程度?ということですが、

東京都社会福祉事業団で働く心理職は、大学院修了者か

心理系学部卒5年以上のメンバーです。経験年数が1年から10年目まで

様々にいますが、みんな同じ待遇です。非常勤職員なので、

勤続年数が増えても給料が上がらないのです。その一方で、

経験年数が増えれば仕事は増えていく一方です。どれだけ勤続年数が

増えても、どれだけ仕事が増えても、手取りが13万円。これが「きちんと

した待遇」ではないことは、誰の目にも明らかではないでしょうか。

 

大学院を修了して駆け出しの頃は、「修行中の身だから」

「医者だって研修医の時代はもっと安い給料で働いているのだから」

とも考えられます。たしかに、限定された期間のことだったら、

その通りかもしれません。でも、お医者さんは、2年間の研修期間が

終われば、待遇はぐんと良くなります。でも、臨床心理士は

そうはなりません。一生、そういう働き方しかなかったら、

どうでしょうか?職種が違うから当然と言えばそうですが、トレーニング

を受けた人がそれなりの報酬を得るというシステムは、

どの職種においても重要で不可欠です。なぜなら、医者であれども、

臨床心理士であれども、患者・相談者は「ある程度の水準の力量のある人」

に診てもらいたい、相談したい、と思うはずだからです。

 

では、きちんとしたトレーニングを積んで、ある程度の水準の力量の

ある人はどこにいるのでしょうか?それは、やはり納得できるだけの

報酬や社会保障が得られる職場であることは確かでしょう。しかし、

残念ながら児童養護施設は、心理職に限らず、職員が長く働き続けにくい

職場です。勤続期間は、施設全体で3年以下の職員が全体の46.2%を

占めています(才村 2005)。東京都社会福祉事業団の児童養護施設の

心理職は、10年間の間に21人が辞めていきました。

 

 これは、子どもの視点から考えると、本当に不幸な事態です。

 恵まれた養育環境が得られない中で、どうにかして周囲の大人たちと

 信頼関係を築きたい。心のケアも欠かせない。それなのに、

 担当者が頻繁に変わってしまうのです。繰り返しますが、この10年間で、

 東京都社会福祉事業団の児童養護施設の心理職は、21人辞めています。

 単純計算でも1年に2人辞めています。心理療法担当者が変わるたびに、

 子どもたちは、誰にも話さないできた苦しかった話、怖かった話、

 悲しい話を、最初から「知らない人」に話をしなければならない。

 この状態では、大人でも相談すること自体に疲れてしまいます。

 ましてや、虐待を受けた子どもが抱えるトラウマのケアなど、

 進みようもないのです。

 

 このように、ユニオン結成に至るまでに、たくさんの悲しく苦しいことが

 ありました。結成したからと言って、事態が変わったかと言えば、

 そうでもないですが、何もしないまま、勤務時間の長時間化や

 給与の引き下げなどのひどい仕打ちを受け続けるよりはよいということ

 です。そして、この活動の背後には、心理職から援助サービスを受ける

 子どもたちやクライエントがおり、心理療法が必要なのに、

 自らお金を払って、心理療法を受けるほどの経済力を持たない(経済的

 負担を負うべき保護者のいない)彼らの心理療法を受けることが

 できる機会を守ることにもつながるものだと考えています。

メンバーごとに職場が違う中で、共通する問題点と職場固有の

問題点などがたくさんありました。東京都社会福祉事業団という組織、

役人という人たちとの仕事に対するスタンスの違い・・・これらのことが

ユニオン結成に至る一因であったことは間違ないと思います。そして、

その要因が最終的には、子どもたちの不利益を省みないものであるため、

声を大にして主張しないわけにはいきませんでした。

 

イギリスの児童精神科医のWinnicottは、

「国家医療においてさえも、その思想と臨床的触れ合いとは臨床家に

属しているのであり、臨床家なしには最善の計画も無効です」と

述べています。行政が現場の声をくみ上げ、市民の言葉に耳を傾けない

限り、中身のない見栄えのいいだけの「お役所仕事」で終わって

しまいます。

 

現ユニオンの活動が今後、福祉、教育、医療・保健などさまざまな分野で

心のケアに携わっている臨床心理士の待遇改善へと広がり、

ケアを受ける子どもや市民の心の安定につながるよう、

これからも努力していきたいと思っています。

 

 

 

 才村 2005 こども虐待ソーシャルワーク論 有斐閣

 Winnicott,D 1946 Some Psychological Aspects of Juvenile Delinquency,
 Mark Paterson Associates. (西村良二(監訳)二〇〇五 愛情剥奪と非行 

 岩崎学術出版社)